Google+で愛にすべてを
昔、バレンタインに貰えない男の子より、誰にもあげられない女の子の方がみじめなんだ、と言われた事を覚えている。しかし、いない歴=年齢非コミュ非リア充である自分に、そんな話のできる女友達なんて脳内以外にいるはずがないのに、何でそんな記憶があるんだろうか。ま、きっとネットで読んだ話が非実在少女のセリフに置き換わったんだろうな、あるある。
真性引き篭もり: 普通の女子大生は、Google+で「日本一」になんかなっちゃいない。
男達が求めたのは少女であり、美女である。美しい若い女である。
本当は、彼らは、直接面と向かって「美しいね」と告げたいのだ。けれども、告げる相手が居ないのだ。
だからこそ、インターネットに逃げ込んだのだ。
愛せる誰かをくれ、って歌ったのはフレディマーキュリーだっけ?
美しいものを美しいと言う。
それが出来ないのが人の悲しみである。素敵なものを素敵と言う。
それを口に出せないのが人の苦しみである。好きな人を好きと言えない。
それこそが全ての絶望の元なのだ。
なんか、アイドル業の本質は「素敵だね」「可愛いね」「好き」と言ってもいい相手を供給するというビジネスのような気がしてきた。韓流スターは、いい年こいたオバサンがキャーキャーいっても許される相手を売ってる商売な気がしてきた。放課後に誰が好き?と聞かれて、うっかり○○さんと答えたら、次の日何故かクラス全員知っていて、○○さん本人は泣いていて、他の女子に「○○に謝りなさいよ!」と詰め寄られ、ブサメンが好意を表明する事は犯罪なのだとあの日知ったぼくたちだって言いたい、好きと言いたい、そんな需要に応えるビジネスなんじゃないか。だとすれば、AKBはそんな可愛くないとか言われてるけど、別に史上最高の美女を売る商売じゃないから構わないというわけだ。
ぼくは虹にブヒブヒ言う方がいいな〜